入賞作品

ご主人は「また行きたいね、モルディブ」というセリフの裏側には「きみと一緒に」ということばが隠れていたのでは? と思いました。奥様と一緒じゃなければ、ご主人にとってモルディブは魅力的な場所ではなかったかもしれません。今度はご主人の行きたいところへもぜひ、付き合ってあげてくださいね♪

「ほっ。」

吉村 志野さん(25才、東京都在住)

「新婚旅行、どこにしようか」「うーん」「モルディブは?」「うーん」「私、モルディブ行きたい」「うーん、東南アジアは?」「うーん」

新婚旅行、それは、一生で一番想い出に残る(かもしれない)旅行!である。行き先に関しては、なかなか話がまとまらないのも当然だ。しかし、それ以前に私たち二人は行きたいところがあまりにも違っていた。

モルディブは、私が高校生の頃から「新婚旅行で絶対に行く!」と決めていた場所だった。海に囲まれた水上コテージ。色とりどりの魚と一緒に泳ぎ、夜は星空の下で愛を語り合う。それが、新婚旅行。そう思っていた。

モルディブの水上コテージ
(写真はイメージです)

一方、夫は大の東南アジア好き。東南アジアのビーチではない、街や遺跡が好きなのだ。私からしたら、そんなの新婚旅行ではない。

話がまとまらないまま訪れた旅行代理店。担当の女性の力を借りて、なんとか夫の心を動かすことに成功。「結婚は、新婚旅行は、女性の夢です!」その台詞で、何人の男性の心が動いたことか。

モルディブは、想像した以上に美しく、二人の門出にぴったりな旅先だった。夫は私以上にはしゃぎ、新調した水着を身につけ、自慢げだ。二人で、毎日たくさんの魚と泳いだ。邪魔されることのない時間の中で、普段はなかなかできない素直な会話がたくさんできた。夜中にコテージを抜け出し、流れ星をいくつ見つけられるか競争した。

心の底から、幸せだと感じられる時間。高校時代からあこがれ続けた通りの新婚旅行となった。最高の、7日間だった。

帰宅して、心地よい疲れの中、夫に尋ねた。「ねぇ、何が一番、楽しかった?私は、シュノーケリングかなぁ…」夫は答えた。「そうだなぁ、マレーシアかな。」「………………」マレーシアは乗り継ぎで半日滞在しただけなんですけど……。

後日「また行きたいね、モルディブ」という夫の言葉を聞いて、私たちの新婚旅行の行き先が失敗ではなかったことが分かった。ほっ。

その他の応募作品

新婚旅行はどちらかといえば奥様主導が多いと聞きます。そんな奥様の願いがかなったというエピソードを集めました。

初めてのヌード撮影

河上美智子さん(58才、東京都在住)

今から三十年前のちょうど今頃の七月中旬。私と主人は新婚旅行に、フィリピンのセブ島へ行った。二人共、初めての海外旅行で、もうドキドキワクワク。あそこがいい、ここがいいと、さんざん迷った揚句決まったのがセブ島だった。

主人は英語が出来るし、私も簡単な程度の会話は可能なので、言葉の不安はなかった。しかも現地では、日本語の案内係が付く。

泊まったホテルはセブ島でも、かなりいいホテルだった。三泊四日くらいしたと思う。

中一日、私は主人に前から撮ってみかたったヌード写真を撮りたいと言った。
南国の解放感もあり、庭に面したベランダの椅子に、上半身裸ですわった。下はパンティをはいていた。

主人が斜めはすかいの角度から、撮ってくれた。二~三枚は撮影した。私は正直痩せていて、いわゆるペチャパイな胸だった。決してグラマー体型からは、ほど遠いガリガリだ。しかし太ると思っていた。両親も中年になるとブクブクして来て、メタボ腹になった。

若い今しかチャンスがない。当時のウェストは五十六センチ。そのうち1メートルくらいのウエストになる日が来るのは、親を見てわかった。記念を残したい。若くて、まだ細くてきれいだった頃の記録を残したい。

その一心で主人に頼むと、主人も主人で、全然オッケーだった。

今、その写真は、当時のアルバムに貼られて、押し入れの天袋に置かれている。
年頃の娘が見たら、「キモ~い!」と言われそうだ。まあ、晴ちゃん勘弁してね。今のママにとって、もう戻ることのないウェストサイズの記録なんだから。今じゃ主人も私のヌードは見たがらないんだから。

赤い靴の新婚旅行

藤田哲夫さん(68才、愛媛県在住)

挙式を終えて、新婚旅行用の靴を穿こうとした妻は、「この赤い靴は旅行用の物と違う!」と母親に質した。旅行用のバッグと帽子。靴を新調して母親に式場に持ってくるように頼んでいたが、違っていた物だった。

電車の時刻が迫っており、取替に帰る時間がない。やむを得ず、その靴で電車に乗ったが、青系の服には、赤の靴は不釣り合いだ。

「二つ先のM駅で渡せるかも?」と義兄夫婦は、妻の実家へ靴の取替に帰った。実家は電車の進行方向なので間にあいそうだ。

電車に乗ってから、妻は、うらめしそうな目付きで靴ばかり見つめていた。話しかけても上の空だ。妻に同情したが、飲酒と速度違反をしないだろうかと、義兄の運転が気になった。

昭和四十六年。まだ携帯電話などない時代である。M駅に着いてホームを見渡しても義兄の姿はない。妻はますます不機嫌になり、塞ぎ込んだ。

次に停まる駅は終着の?松だ。車窓から、暮れゆく瀬戸内の落日をぼんやり眺めていた。街中に入る。渋滞していた。義兄に連絡する術がない。妻は諦めかけているようだった。が、わたしは、わずかな望みを持っていた。

高松駅に着くと、午後六時を過ぎていた。日がとっぷり暮れている。一縷の望みを託して、改札口辺りで、船が出る寸前まで待つことにした。やがて、出航を告げるアナウンスが構内に響いた。胆を括って乗船場のほうに向かおうとしたとき、靴の包みを提げた義兄夫婦が駆けてきた。間一髪で乗船できた。船中での妻の表情は一変した。下船するまでの間、妻は人が変わったかのようにひとりで喋りつづけていた。

娘が新婚旅行に立つとき見送りに行った。娘は赤い靴を穿いていた。わたしたちの旅行のときの光景が、セピア色のなかでよみがえってきた。

蕎麦(そば)美人

田口正男さん(85才、東京都在住)

カビの生えた新婚の旅。きっかけは「あの時の約束、そろそろ果してちょうだい」、という妻の一言だった。

仕事の都合と身内の不幸が重なり、終にふいとなったハネムーン。その内にと誤魔化して置いた遠い昔の口約束が蒸し返され、妻と念願の善光寺詣でに信濃へ旅立った。

東京からJR「とき」のグリーン車で長野に着き、駅前のホテルに泊まる。翌朝は寺の本尊にご利益を祈願し、門前町を仲好くぶらついていると、いきなり妻が強請った。「折角だから昼は名物の蕎麦(そば)がいいわ」、私はそれならと、即座に妻を「戸隠」の里へ誘った。

路線バスで昼過ぎには目的の戸隠中社前へ着く。昔ながらの村落を貫く旧道の両側には、派手な屋根看板や軒に暖簾を掲げる蕎麦処が点在していた。「あそこ、どう」、妻が選んだのは古風な田舎家で、閑散とした店内は黒光りのする大黒柱を囲むテーブルが数脚だけ。

薄暗い店の奥に声をかけた。調理場の縄暖簾の間から浅黒い厳しい顔がぬっと出て、「おいで」と無愛想に迎えた。妻と隅のテーブルに着くと、最前の男が注文取りにきた。「家(うち)は『ざる』がええ。手打ちだで」、ぶっきら棒にそう言い置き、面食らう二人に構わず男はさっさと調理場へ消えた。

欠伸が出るほど待って、漸く男が両手に『ざる』を運んできた。円い笊(ざる)に山盛りの黒ずんだ蕎麦は、一目で食慾が失せた。亭主だと言う男に促され、それを口にすすり込んだ。が、腰のある歯応えと風味が堪らないっ。「旨い」、私たちは思わず唸(うな)った。「蕎麦は黒いのが別ぴんよ。ほれ奥さんみたいに」「あらっ、オジさんたら・・・・・・」、亭主の空世辞に、妻は赤くなってはにかんだ。すっかり打ち解けた亭主の蕎麦談義は、日暮れまで尽きなかった。
名残を惜しむ私と妻を戸口で見送る亭主の呼ぶ声が、夕風に野太く木霊した。
「戸隠が恋しくなったら、またおいで」

地中海の風

櫻井英雄さん

今から三十年以上も前のことである。私達の新婚旅行はギリシャであった。当時、海外への新婚旅行は珍しく、これは妻の発案の大奮発の計画であったが、勿論、妻も私も海外旅行は初めてで、手に余る程の山のような荷物を携えての出発となり、現今空港などで見掛ける颯爽とした風情とはかなり懸け離れたものであったに違いなかった。

さて、暗くなってから乗った飛行機は、丸で夜の中心に向かっているような錯覚を私達に覚えさせた。何時間経っても夜は明けないのである。

座席は、国内便のものよりは幾らか広いようであったが、それでも、その中で一日を優に越える長時間を機内で過ごす旅であった。機内食は四食も出て、最初の内こそ喜んで舌鼓を打っていたが、後半は又食事かと妻とうんざりした表情を交す始末であった。更に、尾籠な話だが、トイレに行くのも遠慮気味であったせいか便秘気味にもなっていて、これも膨満感を助長していたものであったろう。

その上、当時の私はヘビースモーカーであったが、機内は禁煙なのである。今でこそそれは常識であるが、その頃は国内便にも喫煙席が設けられていた時代であり、これにはほとほと参ってしまった。

こうして、疲労困憊の体で到着した私達であったが、空港からホテルへ向かう途中、海の色が澄んだ青色に染まっているのに感動して、私は妻と歓声を上げていたのである。日本で見ていた海の色とは全く違うのであった。無論、海の色だけではなかった。次々と訪れる風物に私達は眼を奪われていたのである。機内の困惑の連続は、ギリシャでの感動の展開へと引き継がれて行ったのであった。地中海の風の中、私達の新婚旅行は始まり、新しい二人三脚の人生も幕を開けたのである。




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